2018年9月23日日曜日

『おい⁉』


今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2017年7月号に掲載した雑記帳の再掲載です。
ただし、2019年9月23日に加筆しました

私の携帯電話は、防水仕様です。
この防水仕様ということは、私にとって必須の条件です。なぜなら、お風呂にも持って入りたいからです。
桜井は、そこまでデジタルに侵されたか?
先月号に続いて、デジタルの話か?…と、思われたでしょうか。
じゃあ、タイトルの「おい!?」は、何なの?と思われますよね。
もう少しお話を聞いてください。

私は、以前、胆石が見つけられず、たびたび激しい腹痛で、救急車に乗りました。
(その激しい痛みも、一昨年、胆石発見、胆のう全摘出という形で無事収束し、それ以来救急車には乗っていません)
いつどこで襲ってくるかわからない痛み…。
大袈裟ですが、死ぬかもしれないと思うほどでした。
そして、単身赴任という、一人暮らしでは、トイレで動けなくなったり、お風呂で動けなくなった時、どうやって助けを呼ぶかは大きな問題でした。
ですから、携帯をトイレにでもお風呂にでも持っていくことが大切な習慣となりました。

そして、痛みが襲ってこなくなった今でも、携帯をどこにでも持っていくという習慣は変わりません。
今は、突然心臓がいたくなったらとか、頭が痛くなったらとかに備えてです。そうなのです。「おい!?」…とは「老い」のことです。そして、「!?」は、老いに対して、どうなるの? と、恐れないぞ!と、いう意味を込めました。
一人暮らしが多い私たち夫婦。そして子供もいません。
還暦をすぎ、老いということを考えなくてはいけない時、いかに死ぬかということを、気にしないわけにはいきません。
長患いなく、コロッと逝きたい。
コロッと逝っても、ずっと誰にも発見されないのはいやです。

死というのは、自分で自由にはできないものではありますが、いかに、いつ死んでもいいように、自分の身の回りを、準備して、整えておくことは必要だと思います。
想定しておくといった方がいいかもしれません。
病に侵されたときは、きっと時間の猶予があるでしょうから、準備したり、整えることができるでしょう。しかし、突然訪れる死のためにも、準備し、整えておかなくてはいけないと思うのです。
だって、私は、コロッと死ぬことを望んでいるのですから。

次号は10月1日 書き下ろしです

2018年9月8日土曜日

『荷物点検』 2018年9月8日号

私は、よく荷物が多いと言われます。
今は、パタゴニアのデイパックに荷物を入れて担いで歩いています。
だいぶくたびれてきましたが、とても使い勝手が良く、ついつい使い続けています。
何が入っているの? と、言うわけで、少し中身を確認してみようと思います。
3本の鍵、そこに、結婚指輪と小さなライトが一緒についています。
薄手のウインドブレーカーとマフラー、冬になるとそこに手袋が入ります。
折りたたみ傘。免許証などの貴重品。日々飲んでいるお薬の予備。飴などのちょっとしたお菓子。傷バン。ティッシュ。携帯用の軽い小さなバック。歯ブラシとお箸。扇子。買い物の時用のバック。仕事関係の電子機器の細々としたものや、ケーブル。名刺。ペン。それに文庫本です。
なんでこんなチェックをしてみたかと言うと、この災害が頻発する中で、本当に何かあった時、私はどうするのだろうと考えたからです。
よく非常持ち出し袋と言いますが、家にいて、非常事態の時に私は何を手にするのだろうと考えました。
きっといつも持って歩いているものを持って逃げるのが自然だし、無理がないと思いました。
まして、家にいるよりも、外を歩いている方が多いということもあります。
ですから、日常的に持っているものが、そのまま、非常の時に役に立つようにした方がいいのだろうなと思いました。
点検してみて思ったのは、ラジオがないなと言うことです。ボイスレコーダーはいつも持って歩いていますから、今度、ボイスレコーダー付きラジオを手に入れようと思いました。
予備の電池はいつも持って歩いています。
ライトや、ラジオはみな単4電池のものに揃えています。
もうひとつ、出かける時に、飲み物を入れますが、夜のうちに入れた方がいいなと思いました。
もしかするとライターも入れた方がいいかもしれませんね。
少し荷物が重くても、いつ、どこにいても、もしもの時のために備えておかなくてはいけないと思っています。

2018年9月2日日曜日

『八ヶ岳に暮らして』 2018年9月1日号



自然のこと、知っているようで知りませんね。
八ヶ岳に住み始めて、はや3年になるでしょうか。
昨年秋に、家の周りに、ウッドチップをまいて、快適に歩けるようにしました。しかし、冬の「八ヶ岳おろし」といわれる北風で、思いっきり、ウッドチップが飛んで行ってしまいました。
特に家の西側は風が通り抜け、ほとんどが飛んでしまいました。そこで、仕方なく、西側はデッキ状に、渡り廊下のようなものをこしらえました。
ほかの所は、仕切りの垣根を一段高くしました。垣根といっても、小ぶりの枕木のような木を置いただけなのです。その木をもう1段積み重ねてねじ止めしました。
自然のことを、わかっているようで、まだまだ分からないことが多いのですね。

その土地で、暮らしてみて、風に吹かれ、雨に打たれて、陽に照らされて、いろいろなことを知っていく(感じたのですね)のです。
知ったうえで、その現実をちゃんと受け止め、暮らしていく工夫をして、(考えたのです)
自分の手を動かして解決策を施していく(行動したのです)
これは結構、楽しみになっていきます。
まさに、生活の中で、(感じ)(考え)(行動する)という、国際自然大学校でいうラーニングサイクルを実践しているのですね。
そして、このように前向きに解決していくことこそが、アウトフィッターの心意気なのです。
アウトフィッターとは、自然や人とのかかわりの中で、人生を前向きに生きている人と、国際自然大学校で定義して、目指す人間像としています。
しかし、この気持ちを持ちづづけ、ラーニングサイクルを回し続けるには、くじけない気持ちも大切なのです。結構くじけそうになります。それを楽しむ気持ちにかえるためには、それは、挑戦する気持ちと、育む気持ちが必要なのです。
この辺は、また、の機会にお話ししましょう。
小ぶりの枕木を一段高くしたのわかりますかね…
これは家の東側です
これが、西側です。

Vol484

『道草しながら再始動』

タイトルの道草しながらは…
子どもにとって道草というのは、その時その場所での、興味関心、したいことをすることなのだと思うのです。
そして現代、子どもが、子どもの時に、自分自身の興味関心のおもむくままに行動できる時間や場所がどれだけるでしょう。
その象徴的時間と場所が道草だと思うのです。
そんな道草を、子ども達ができる社会になってほしいと、ずっと、切実に思っています。
そして、このコラムは、私の興味関心のおもむくままに、書かせていただくコラムとしたいと思っています。

1回のコラムですが、今まで通り、隔週で、書下ろしと、国際自然大学校の機関紙に書いてきたコラム『雑記帳』のリライトを、交互に載せてまいります。