2018年10月22日月曜日

『自分のことは自分で…』


今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳20179月号に掲載した雑記帳の再掲載です。
ただし、20181025日に加筆しました。

夏休みも終わりましたね…と、いっても、今年は、もしかして多くの学校が91日より前に始業しているのかもしれませんね。
夏休みがどんどん短くなっていく…悲しいです。
今年の夏は、本当に雨が多かったですね。
屋根に乗っている太陽光発電の発電量も例年になく少なかったです。
逆に元気だったのが雑草たち。雑草という名前の草はないとおしかりを受けますが、ひとつひとつの名前を挙げられないので、雑草たちとまとめて呼ばせてもらいます。
この雑草たちは、驚くほど元気に次から次へと延びてきます。
晴れ間を見つけては、草刈りに明け暮れる毎日でした。
そして、ゲリラ豪雨? 激しい夕立でしょうか…、公道から、家に入ってくる取付道路に雨水が流れ込み、その水が畑へと流れて、畑の中に川ができてしまいました。
そこで、公道と取り付け道路の境に、土手を築きました。
お隣さんも助けてくださいました。
家を建てていただいた工務店さんは、道にまくバラス(砕石)をくださいました。
草刈りも、土手作りも、みな頑張って自分で行います。いいえ、違いますね、みなさんに助けていただいて自分たちで行います。
草刈りをするのに、草刈り機を使う。熊手で草を集め一輪車で、運び一か所にまとめて山積みにする。
細かいところは鎌で刈る。
土手を築くには、今回は、境に穴を掘り、小さな枕木のような木を何本か埋め込み、ねじでつなぎとめておき、周辺にバラスを入れ、固定しました。
色々な道具を使って、作業をします。

ふと思うと、いったいいつ、これらの道具を使いこなせるようになったのだろう。
学校では決して習わないことですね。
ボーイスカウトでだったかもしてません。
植木屋さんでアルバイトして穴掘りがうまくなったことは間違いありません。
人によっては、こんなことは田舎に遊びに行ったときに覚えるのかもしれませんね。
しかしこのようにして、自分の生活を自分の力で守っていけるということは、自信でもありますし、田舎で暮らすには、絶対に必要不可欠なことです。
これこそが生きる力で、夏休みとかに、身に着けることなのです。
でないと、みんなお金で人にしてもらうことができる東京で暮らすという選択肢しか持たない大人になってしまいます。
生きる力、今こそと、思いました。

2018年10月15日月曜日

戦後…


戦争経験者の方々…大体、私たちの親の世代の人たちでしょうか…彼らの口癖は「子供達に同じ苦しみを味合わせたくない」でした。
多くの方からこの言葉を聞きました。
「苦しみ」という言葉が、「辛い思い」という言葉の時もありました。
苦しくない暮らし、辛くない暮らしというのはどんな暮らしなのでしょうか?

苦しいことというのは、辛いことというのは、どういうことでしょう?

戦争経験者の方々の辛い思いといのは、戦争の体験のことだと思います。
その体験とは、どんなものだったのでしょう。
火事の中を逃げ惑う。食べ物もなく何日も何も食べられなかった。生きるか死ぬか…死ぬかもしれないという体験のことなのではないでしょうか。
しかし、そのような体験が、バネになり、日本の高度経済成長を成し遂げたのも事実なのではないでしょうか?
あの時のことを思えば…と言って頑張ってきた結果の高度経済成長だったように思います。

死ぬような体験、特に戦争の体験をさせてはいけません。
しかし、苦しい体験をバネに生きて行く事も悪いことではない。
ということなのではないでしょうか。

戦争経験者の方々がこんな辛い思いをさせたくないという辛い思いといううのは、戦争の体験や、死ぬような体験をさせたくないということであったのではないでしょうか。
しかし、いつか…
辛い体験をさせたくない…が
辛くない暮らしをさせてあげたい…となり
楽な暮らしをさせたい…であり
働かなくてもいい暮らし…になってしまってはいないでしょうか?

私たちは、もっと、戦争をしないということに重きを置き、戦争体験ではなく、教育的に準備された辛い体験をすることが必要なのではないでしょうか?

2018年10月8日月曜日

『朝のラジオ体操始まる』




今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳20178月号に掲載した雑記帳の再掲載です。
ただし、20181008日に加筆しました。

夏休みが始まりましたね。
国際自然大学校は、キャンプキャンプで、毎日子供たちと太陽の下、走りまわる日々が続きます。
私は、いつも通りの暮らしを続け、朝のテレビ体操を部屋でしていました。
すると、ラジオ体操の音が、少し遅れて聞こえてきます。
近くの公園で、子供たちの朝のラジオ体操が始まったのです。
懐かしいな~。
あの、ハンコウを押してもらうカードを首から下げているのかな?
最終日には、何かご褒美がもらえるのかな?
そういえば…何日ぐらいするのだろう?…私が小学校の時は…あれ、夏休み中、していたのだっけ? 思い出せないです。でもご褒美の鉛筆とか目指して通ったような気がします。
おりしも、その日の夜、朝のラジオ体操の音がうるさいから、ほかでやってくれという苦情が出たと、ニュースが伝えていました。
苦情を言った人も、朝のラジオ体操は良い習慣なので、やめろとは言わない。しかし私は仕事の関係で、その時間ちゃんと寝ていたい。だから、近くの公園とかに場所を移してもらえないか…というものでした。
生活のリズムが違う人が、一つの地域に住んでいるので、どちらが悪いということはできないように思いました。
昔は、みんな同じような生活のリズムで暮らしていた。だから、そのリズムの中に無理なく朝のラジオ体操も組み込まれたのでしょう。そのリズムというのは、朝日が昇ると起きて陽が沈むと眠るという、ごくごく自然なリズムでした。
そう考えると、不自然なリズムで暮らしている人が多くなってきているのかもしれません。

色々なリズムで暮らしている人がいるのだから、その中で、お互いが折り合あって生きていくのは難しいですね。
人と人の住んでいる間隔をあけるとか、公共の場所を広くとるといった住環境の整備もしなくてはいけないのかもしれません。
その整備は生活様式の変化に完全に追いついていませんね。
これは行政の仕事かもしれません。

私たち教育の仕事は何でしょう。
生きていくのにできるだけ自然のリズムで生きていく暮らし方をしましょう。
そんなリズムで暮らすのが、隣人にも、地球にも優しい暮らしになるということを教えていき、みんなが、基本的生活スタイルとして自然なリズムで暮らすことを目指すよう伝えていくことなのかもしれません。


2018年10月1日月曜日

『自然の力…ありがたさ、こわさ』



台風や、ゲリラ豪雨などが頻発していますね。
先日は、非常持ち出しの話をしました。
秋の長雨が続き、台風24号が近づく合間の9月28日に一気に洗濯をしました。
何人かお客さんが来たこともあり、シーツや、布団カバーの洗濯もあり、一日中洗濯の日でした。
あさの日差しの中、第一回目の洗濯もので、布団カバーをベランダに干しました。
太陽の陽ざしを受けた白い布団カバーは、まぶしくて目を開けていられないほどです。
思わず空を見上げれば、これぞ抜けるような青空というのでしょう。広がっています。
何とさわやかなのでしょう。
時々そよぐ風も何かからっとしているように感じます。

1時間もすると、布団カバーは乾いてしまいました。
ちょっと贅沢して、パリっと乾かそうと、もう少し太陽にあてておきました。
本当に、パリっと乾きました。
布団も干しました。
明らかに、ほす前とほした後の重さが違います。
こんなに水分を含んでいたのかと思うほどです。
今度、ほす前に、布団もって体重計に乗り、干した後にも乗って、軽くなった重さをはかろうと思っています。それが、布団が含んでいた水分量ということですよね。知りたいです。



太陽の力、風の力は、本当に偉大だと痛感した一日でした。
そして、翌日からは再び雨。
今日は9月30日。今日から明日にかけて、台風24号が日本を縦断する見込み。
家にこもって、ゆきすぎるのを息をひそめて、待つしかありません。
ここでも、自然の偉大さ、その力の大きさを痛感する一日になりそうです。

さて、ここからは、台風一過の朝に書いています。
あまり眠れない一夜を過ごしました。風の音が怖いくらいでしたね。
そして台風一過の空の写真撮りました。




2018年9月23日日曜日

『おい⁉』


今回のお話は国際自然大学校の機関誌『OUTFITTER』雑記帳2017年7月号に掲載した雑記帳の再掲載です。
ただし、2019年9月23日に加筆しました

私の携帯電話は、防水仕様です。
この防水仕様ということは、私にとって必須の条件です。なぜなら、お風呂にも持って入りたいからです。
桜井は、そこまでデジタルに侵されたか?
先月号に続いて、デジタルの話か?…と、思われたでしょうか。
じゃあ、タイトルの「おい!?」は、何なの?と思われますよね。
もう少しお話を聞いてください。

私は、以前、胆石が見つけられず、たびたび激しい腹痛で、救急車に乗りました。
(その激しい痛みも、一昨年、胆石発見、胆のう全摘出という形で無事収束し、それ以来救急車には乗っていません)
いつどこで襲ってくるかわからない痛み…。
大袈裟ですが、死ぬかもしれないと思うほどでした。
そして、単身赴任という、一人暮らしでは、トイレで動けなくなったり、お風呂で動けなくなった時、どうやって助けを呼ぶかは大きな問題でした。
ですから、携帯をトイレにでもお風呂にでも持っていくことが大切な習慣となりました。

そして、痛みが襲ってこなくなった今でも、携帯をどこにでも持っていくという習慣は変わりません。
今は、突然心臓がいたくなったらとか、頭が痛くなったらとかに備えてです。そうなのです。「おい!?」…とは「老い」のことです。そして、「!?」は、老いに対して、どうなるの? と、恐れないぞ!と、いう意味を込めました。
一人暮らしが多い私たち夫婦。そして子供もいません。
還暦をすぎ、老いということを考えなくてはいけない時、いかに死ぬかということを、気にしないわけにはいきません。
長患いなく、コロッと逝きたい。
コロッと逝っても、ずっと誰にも発見されないのはいやです。

死というのは、自分で自由にはできないものではありますが、いかに、いつ死んでもいいように、自分の身の回りを、準備して、整えておくことは必要だと思います。
想定しておくといった方がいいかもしれません。
病に侵されたときは、きっと時間の猶予があるでしょうから、準備したり、整えることができるでしょう。しかし、突然訪れる死のためにも、準備し、整えておかなくてはいけないと思うのです。
だって、私は、コロッと死ぬことを望んでいるのですから。

次号は10月1日 書き下ろしです

2018年9月8日土曜日

『荷物点検』 2018年9月8日号

私は、よく荷物が多いと言われます。
今は、パタゴニアのデイパックに荷物を入れて担いで歩いています。
だいぶくたびれてきましたが、とても使い勝手が良く、ついつい使い続けています。
何が入っているの? と、言うわけで、少し中身を確認してみようと思います。
3本の鍵、そこに、結婚指輪と小さなライトが一緒についています。
薄手のウインドブレーカーとマフラー、冬になるとそこに手袋が入ります。
折りたたみ傘。免許証などの貴重品。日々飲んでいるお薬の予備。飴などのちょっとしたお菓子。傷バン。ティッシュ。携帯用の軽い小さなバック。歯ブラシとお箸。扇子。買い物の時用のバック。仕事関係の電子機器の細々としたものや、ケーブル。名刺。ペン。それに文庫本です。
なんでこんなチェックをしてみたかと言うと、この災害が頻発する中で、本当に何かあった時、私はどうするのだろうと考えたからです。
よく非常持ち出し袋と言いますが、家にいて、非常事態の時に私は何を手にするのだろうと考えました。
きっといつも持って歩いているものを持って逃げるのが自然だし、無理がないと思いました。
まして、家にいるよりも、外を歩いている方が多いということもあります。
ですから、日常的に持っているものが、そのまま、非常の時に役に立つようにした方がいいのだろうなと思いました。
点検してみて思ったのは、ラジオがないなと言うことです。ボイスレコーダーはいつも持って歩いていますから、今度、ボイスレコーダー付きラジオを手に入れようと思いました。
予備の電池はいつも持って歩いています。
ライトや、ラジオはみな単4電池のものに揃えています。
もうひとつ、出かける時に、飲み物を入れますが、夜のうちに入れた方がいいなと思いました。
もしかするとライターも入れた方がいいかもしれませんね。
少し荷物が重くても、いつ、どこにいても、もしもの時のために備えておかなくてはいけないと思っています。

2018年9月2日日曜日

『八ヶ岳に暮らして』 2018年9月1日号



自然のこと、知っているようで知りませんね。
八ヶ岳に住み始めて、はや3年になるでしょうか。
昨年秋に、家の周りに、ウッドチップをまいて、快適に歩けるようにしました。しかし、冬の「八ヶ岳おろし」といわれる北風で、思いっきり、ウッドチップが飛んで行ってしまいました。
特に家の西側は風が通り抜け、ほとんどが飛んでしまいました。そこで、仕方なく、西側はデッキ状に、渡り廊下のようなものをこしらえました。
ほかの所は、仕切りの垣根を一段高くしました。垣根といっても、小ぶりの枕木のような木を置いただけなのです。その木をもう1段積み重ねてねじ止めしました。
自然のことを、わかっているようで、まだまだ分からないことが多いのですね。

その土地で、暮らしてみて、風に吹かれ、雨に打たれて、陽に照らされて、いろいろなことを知っていく(感じたのですね)のです。
知ったうえで、その現実をちゃんと受け止め、暮らしていく工夫をして、(考えたのです)
自分の手を動かして解決策を施していく(行動したのです)
これは結構、楽しみになっていきます。
まさに、生活の中で、(感じ)(考え)(行動する)という、国際自然大学校でいうラーニングサイクルを実践しているのですね。
そして、このように前向きに解決していくことこそが、アウトフィッターの心意気なのです。
アウトフィッターとは、自然や人とのかかわりの中で、人生を前向きに生きている人と、国際自然大学校で定義して、目指す人間像としています。
しかし、この気持ちを持ちづづけ、ラーニングサイクルを回し続けるには、くじけない気持ちも大切なのです。結構くじけそうになります。それを楽しむ気持ちにかえるためには、それは、挑戦する気持ちと、育む気持ちが必要なのです。
この辺は、また、の機会にお話ししましょう。
小ぶりの枕木を一段高くしたのわかりますかね…
これは家の東側です
これが、西側です。

Vol484

『道草しながら再始動』

タイトルの道草しながらは…
子どもにとって道草というのは、その時その場所での、興味関心、したいことをすることなのだと思うのです。
そして現代、子どもが、子どもの時に、自分自身の興味関心のおもむくままに行動できる時間や場所がどれだけるでしょう。
その象徴的時間と場所が道草だと思うのです。
そんな道草を、子ども達ができる社会になってほしいと、ずっと、切実に思っています。
そして、このコラムは、私の興味関心のおもむくままに、書かせていただくコラムとしたいと思っています。

1回のコラムですが、今まで通り、隔週で、書下ろしと、国際自然大学校の機関紙に書いてきたコラム『雑記帳』のリライトを、交互に載せてまいります。



2018年8月18日土曜日

道草しながらの続きをこのサイトで書きます

東急ケーブルテレビイッツコムのサイト内にありました、一年前組の中で書いていた私のコラム『道草しながら』をが、閉鎖になることになりましたので、続きをこのサイトで書かせていただきます。